2017年10月16日

やっぱり、もう関わるのやめようっと!

最初に保護活動家は大嫌いだとお話ししたうえでの関わりだったが
彼らと関わるたび
彼らの頭の中や心の中が
自分都合のワガママと
矛盾がいっぱいで
本人たちは自分たちで「ポリシー」というのだけど
まったく犬のために等なっていない
ただの自分勝手な自己満足と見栄でしかない事柄に
自分達が囚われていることにも気づけない馬鹿さ加減に
やっぱりおつきあいするのはやめとこうって思って
もう行かない!とお断りした。

ああいう人たちは
スーパー我の強い人を中心にして
弱い人たちが集まっているせいか
誰もトップや団体としての矛盾に気付かないし
気付いても指摘しなかったり
指摘できなかったりするみたいなのだけど
外の人間からすると
ただのワガママを
ポリシーとかカタカナ使って体裁整えているだけにしか見えない。

ポリシーという言葉自体が理解できていないだろ?って感じ。

それはオババが感じていただけじゃない。

あそこにボランティアとして参加しようかと考えたことがあって
一度話を聞きに行ったことがあるという男性と
先月たまたま出会った。

その方は先月四匹の
目が明いたばかりの子猫を保護して
どうしたものかと思案していたところに
偶然オババは
オババにとって全然役に立たなかった在家僧侶の方を通じて知り合ったのだけど
オババは自分の中で矛盾をいっぱい感じていたから団体の話はしなかったのだけど
その方がその団体の名前を出してきて
オババに子猫たちをそこにお願いしようかと思うのだけど切り出した。。。が
その方も以前ボランティアに参加しようと思って話を聞きに行ったとき
あんまり内容が矛盾だらけに感じたから
お金をいただいて働くというなら矛盾も我慢して目をつぶれるけれど
ただでお手伝いに行くのに
あれだけ矛盾だらけではやってられないと思って
話を聞いただけで参加するのはやめたのだとおっしゃる。

そこまで聞いたから
初めてオババは今そこに関わっているけれど
それはあなたが感じた通りで
自分もやっぱり同じことを感じているから
子猫たちをあそこに預けるという選択肢はやめた方がいいと思うと進言した。

やっぱり外の人間から見ればおかしいとこだらけなんだよ!ということが
中にいると全然見えないみたいだから
保護団体ってのは
カルトな宗教団体と紙一重なんじゃ気がする。

トップの頭の中がクリアなら
たぶん保護活動なんて言う
「不毛な活動」は成立しないと思うんだよね。


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posted by Primrose at 09:30| 千葉 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

甘え方が解らないオチビ犬

保護団体に保護されている例のオチビ犬。

自分は変われないと言って
オチビ犬を自分の視界から排除するみたいな結論を出していたから
オババは呆れて出入りしなかったのだけど
昨日あちらから別件で電話が有って出向くと
場所を移動させる時間や移動場所の確保が出来なかっただけなのか
考えるところがあってそのままなのかは解らないが
オチビ犬は以前と同じ場所に居て
世話をするボラや自分に対して唸るという。

唸るのは君たちの「気」が悪いからで
犬の問題じゃあないと思っているオババは
ふぅ〜んと思って聞いていた。

呼ばれた電話の内容だけ納得して
時間的には余裕があったから
独りで忙しそうだった代表に
手伝えることが有ったらやるよと
どうせガソリンかけてきたついでだからなと思ったら
他の事よりオチビを見てほしいというから
オチビ犬が収容されているところに行くと
確かに代表に向かって唸る。。。のだが
唸り方が
威嚇なんかじゃなくて
ジレンマ?

甘えに行きたいのだけど
甘え方が解らなくて
今まで感じていた人間に対する恐怖感が
自分の中で習慣化しているため
人間に対して自分から近づくための一歩が踏み出せなくて
混乱して出ている唸りなの。

言ってみれば
怖くて近づいていけないから
そちらから力づくでいいから自分を掴まえに来て!という
訴えに近い感じ?笑

でも人間側は
自分が「唸られた」という事実だけに囚われ
カチンと来てしまって
心に余裕がないから声が荒くなり
近づきたくても近づけなくて居るオチビ犬を追い込んでしまうという
悪循環なのだった。

ああ、この唸りは、甘え方が解らないけど甘えに行きたい気持ちと
人間が怖くて一歩が踏み出せないという
自分の中の葛藤から出ている唸りで
人間に対しての威嚇の唸りじゃなく
自分の中の混乱をどうにかしてっていう訴えや
自分のジレンマに対する自身に対するものだから
向こうの様子にこちらが精神的に反応しないことが大事だよ。。。と
代表に伝えたが
納得できかねているみたいだった。

舌の出方や舌の色
舌に力が入っていないことに加え
立っている場所(人間の目の前)や
移動せずにそのままの場所で
(以前はあちこち走り回るように
激しく移動していた)
人間の顔を見て唸っている
(以前は目を合わせないように避けていた)ことなどが
以前とは違っていることを教えたら
代表が納得した。

以前は逃げ回るだけだったが
今回は
至近距離の足元に立ち止まったまま
顔を上げて自らこちらの目を見つめた状態で
舌の色も以前代表を見た時のような紫色ではなく
綺麗なピンクで
舌先が出るくらいの柔らかさをもって
【困った顔】で唸っているのだ。

以前は唸っていなかったのに唸るようになったというので
人間は「唸ること=悪いこと」の図式に囚われ
相手の体や視線が意味するところを考えようとしていなかったのだ。

お前さんは一生懸命相手に自分を分かってもらおうと努力しているのに
みんなはちっともそれを汲んでくれなかったのね。。。と
おちびが頑張った努力が無に終わっていただけじゃなく
勘違いから逆に拒絶を受けていたことが哀れに思った、

思い込みでものを見て
一つ一つの状態をじっくり考えてみるという作業が無い。

ああ、下腿骨折の副子手当と一緒だなと思った。

代表がその場を立ち去って
しばらくおちびと一緒にいたが
小屋の角に
おちびが入れるだけのわずかなスペースを空けてオババが座り
最初だけリードで無理やり引き寄せて抱きかかえたが
暴れたのは一瞬で
その時に強く動けないようにかっちりホールドして
一瞬のちに
こちらが力を抜いてあちらに「自由」を感じさせてあげると
おちびはそのまま自分も力を抜いて抱かれたままオババの足の中に納まっていた。

しばらくその状態でいてから

もう行っていいよと足の中から追い出すと
少し小屋の中をうろうろしたが
オババが空けてあったスペースを手で
ここにおいでとトントンすると
オチビ犬は自分からそのスペースに入ってきてくるりと向きを変えて座った。

なぁ、最初のきっかけがつかめなくて
最終的な人間との距離を縮められずにいただけだよな〜おまえ〜と
思わず話しかけてしまったよ。

相手が何を訴えているのかがわかれば
なんちゅうことないのだけど
思い込みに囚われてしまうと
相手の訴えにまで気が回らない。

仮に訴えていることがわかったとしても
好かれたがりをやっていると
犬側が踏み出せずにいる一歩を
こちらから踏み込んであげる強制力の行使に至らない。

なんでこんな簡単なことが見えないんだろう??って思うのだけど
世間はそんなもんなんだなというのが
だんだんわかってきたところ。

世間はさ、
自分の周りにブヨブヨした変なシールドを張ったままで
お互いがそのシールドではじき返しながら
何の接点も設けることなく過ごしているのに
なぜだか自分は相手のことが解っているつもり
関わっているつもりになって過ごしている人が大半なんだと感じているオババは
変な世界に来ちゃったなぁっていう風な
妙な感覚がいつもあって
この年になってなお
この世界になじめなくて居る。

この違和感は寿命でこの世を去るまで続くのだろうか?

どこかで消えることがあるのだろうか?謎



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posted by Primrose at 05:01| 千葉 🌁| Comment(0) | 犬に関する考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月10日

追記2

オババの傷病者役回りの中には
右胸と右膝からの出血という設定も含まれていて
倒れているオババのわきには
椅子が障害物としてひっくり返されていた。

出血理由は擦過傷という軽傷だったのだけど
救助隊側の説明ではそこら辺の状況が良く把握できていないらしかったから
大出血扱いとなっていた。笑

倒壊建物の中から発見されたばかりという場面設定だったためなのだけど
実際ならたぶん出血個所の状態を調べるために
出血個所の衣服を切り開いたりして
手当てするのだろうから
擦過傷か大出血かは分かるのだろうけど
シュミレーションであるがゆえに
そこまでには至らず
しかも傷病者は意識不明という設定なので
どこがどのように痛むかなどの情報を本人から得ることができないということで
膝の出血だけでなく
もしかしたら骨折もあるかもしれないと救助側は大事を取って
副子で固定までしてくれた。
(笑いをこらえるのが大変だったよ!)

そうした副子による骨折の固定なども講義で教わったのだけど
下腿部の骨折固定を教わっていた時
受講メンバーが四人一組のグループになって
救助者と傷病者を順番に行う中、
オババがじゃんけんが強かったために
傷病者の一番になった。

その時、教わった
副子と下腿の間に隙間ができないようにと
タオルで隙間を埋める作業
(たぶん駅のホームなどで骨折した人が出たというような実際の場面だと
救急車が到着するまでの間に
そんなに何枚も緊急にタオルなんて用意できるわけないから
その時に着ていた上着なんかを使ったりするようになるのだとは思うけど)があって
講習会場には大きな段ボールてんこ盛りに
タオルが用意されていた。

で、残りのメンバー三人が
患部を挟む関節が動かないように手で固定している係と
タオルなどを準備して手技者の補佐をする係
傷病者に直接手当を施す係に分かれたが
オババの足の脇に置かれた副子用の板の上に
足と板との隙間を埋めるような形でタオルが重ね上げられていくのを見ていたおばば。

すべての作業が終わって副子で固定されたオババの足を指さし
私の足はまっすぐではなく
患部と指定されている下腿は
膝から下が外に向かってずれているから
指導してくださった方が見せてくれた通りのタオルの積み方だと
外側は埋まっていても
内側は空いていると思うよと伝えたところ
メンバーが副子と下腿の間に手を差し入れて確認すると
やはり内側はスカスカで差し入れた手が難無くすっぽり入ってしまった。

誰もがみな綺麗なスッとした流れの足をしているわけではなく
筋肉の付き方や骨の形
人によってまちまちだ。

けれど、そこを指摘されないと気付かない。

思い込みで作業してしまうとこうなるよ!というのを伝えたかったから
気付く人はいるだろうかという思いもあって
黙ってそのまま作業の流れを観察していたのだけど
結局最後まで誰も気づかなかった。

目の前にある足。

それをいじくってどうにか手当しようとしているというのに
三人の中で誰も気づかず
流れ作業をしていた。

これは
普通の飼い主さんたちが
自分の犬を見ているようで
実は何も見ていないという現実と合致するというか
世間はほとんどがこの状態であるということを
すべからく実証したかのようだなと思ったよ。

自分は本当に相手のことをきちんと見ているのだろうか?

思い込みに囚われて
見ているつもりに陥っていたりしないだろうか?
という視点で
自分の中を常に観察する姿勢は大切だなと感じた。

木を見て森を見ずという言葉があるが
逆の森ばかり見て枝葉を見ていないことも多い。

今一度、思い込みを排除して
まっさらな気持ちで自分の中を見回すと
今まで
緊張が高いために神経性大腸炎だの不整脈だので煩わされて
自分の身体や生い立ちが恨めしく感じることが多かった自分の人生も
緊張が高かったから
緊急時にはどんな些細な人の言葉もピンピン響くものだというような状況が常態としてあるせいで
感受性が高いというところがあって
それによって人が見逃してしまうような子細な部分
(見たくないことにも気づいてしまう)に気付けるという
(あまり嬉しくない)才能を併せ持っているということだよなぁと
諦めと感謝が入り混じった複雑な心境で帰ってきた。


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posted by Primrose at 11:47| 千葉 ☁| Comment(0) | 人間観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする