2020年01月01日

意識する





オババ元々は超朝方人間だった。

が、いすみに来てからというもの
体力が追い付かず
朝起きられなくなっていて
睡眠パターンが崩れまくってる。

ここから何とかしよう!

何とかしなくちゃ!


近隣の騒音?人間の我?に
疲れている部分も大きい。

やっぱ、ストレスを弾き返せるだけの
体力が無いのがよろしくない!

そうだ!

体力だ!
posted by Primrose at 00:00| 千葉 | Comment(0) | シンクロニシティ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月21日

苦しんでいる子供たちに教えてあげたい



バシャールが言う

「状態が問題なのではない。自分の在り方が問題だ!」


という
波動の話と同じ話。

全て波動がらみの
引き寄せの話、
自分の心をどうコントロールするかという話。

******************

オババは子供のころからずっと思っていたことが有る。

子供だった自分の言葉は
周りの人の誰の
耳にも心にも届かない。

それがなぜなのか
ずっと解らず
ずっとどうにかしようともがいたり
どうして解ってくれないのだろう
どうして聞いてもらえないのだろうと
苦しんでいた。

いつしかそれは諦めとなり
自分の想いを訴えることを止めてしまった。

聴いてもらえない訴えを起こし
拒絶や無視、罵倒によって傷つけられるなら
訴えることを止めてしまった方が傷つかなくて済む。

小学6年のころすでにそういう諦めが出来上がり
ある事件をきっかけに
子供だったオババは小学6年で家出した。

その家出は成り行きで至った家出だったから
たまたまその日が最悪の天気になったことで
もっとしっかり計画を練り直し
後日改めて出直すことを決め
最終的にそれは19歳で実行に至った。


その最初の小6の家出の時
それまでずっと子供の言葉
子供の気持ちを無視し続けていた人は
「なぜ言わなかった?」と私に訊いた。

それは聞く耳が出来たからではなく
ただ
無視し続けていたことがクローズアップされる事件が起きたからに過ぎない。

自分がそれまで無視し続けてきたことを棚に上げ
無視し続けていた自分を顧みることもなく
都合が悪いことが起きるに至ると
いきなり
何故言わなかったのかと
まるでそれまで聞く耳を持っていたかのような言い方で
自分の立場を守ろうとする。

そんな大人に
何を期待できるだろう。

子供が訴えを諦めるに至っていたことも感じ取れないほど
自分が子供から離れてしまっていることの自覚もない
そういう人たちなんだ。。。と
さらに
この人たちには何も通じないということを
小6のオババは悟った。

それからは
周りに対しての期待とかも全くなくなり
ただ
いつ家を出るか?と言う事だけが
頭の中を占めていた。

その後オババの周りに存在していた人々も
子供のころ周りにいた人たちと同様の人たちだったから
オババの言葉と言うのは
放つと同時に闇に吸収されて掻き消えてしまう
空しい音でしかないと感じていた。

誰にも届かない想い。

それは本当に
自分がかごの中に閉じ込められた鶏のように感じる人生だった。

いついつでやる?

夜明けの晩は
何時になってもやってこなかった。

が、ここに来て
子供のころのオババが味わっていた経験を
逆に周りが体験するようになって
子供のオババが感じていた気持ち、想いを
当時オババを無視し続けていた人が
自ら味わうに至り
50年たち
おばさんからおばあさんに変わる今になって理解され始めた。

当時の苦しみを
その人が今味わっていることは
その苦しみを知っているだけに
何とかしてあげたいと思うが
今の自分がしてあげられることには限界があって
どうにもならないままになっている。

現実的に何かをしてあげられるわけではないが
理解してあげられるだけ
当時、まったく誰も聞く耳を持ってくれなかった子供のオババよりは
状況的にその人の今の方が
大人であるということもあって
ずっと恵まれた状態であるとは思っている。


こちらとしては
今更当時のこちらの気持ちを理解してもらっても
時すでに遅しであるし
子供が感じたことを
今大人のあなたが感じても
それは苦しみの大きさにはかなりの違いがあることも
きっとあなたは理解していないだろうと
冷めた感覚があることは否定できない。

ただ解ったことは
自分の言葉は50年たたないと
周りに届くことが無いと言う事。

人は相手の状況と同じことを体験しなければ
相手の気持ちを理解することはないと言う事。

そんなことはそうそう起こりえないと言う事。

だから
今オババが感じていることを誰かに訴えたとしても
それを理解される頃
オババはもうこの世に存在していないと言う事。

そう思ったら
これから何かを発信することは
何の意味もないなという結論。

今現在で感じる訴えたいことは
そのままあの世に持っていくことだ。


普通は
理解されるまでに時代の変化が必要で
ある一部の人たちが考えることを
周りが批判してしまうから
本当のことを知っている人たちは口をつぐんでしまうのだけど
言ってみればそれは保身のために口をつぐむと言う事である。

が、今回オババが悟るに至ったのは
今ここで何かを発しても
それが理解される頃
自分には何の利もないから
発信するだけ無駄!ということ。

そういう外に向けた無駄なエネルギーを使う必要
ないんじゃね?ってこと。

人は多くの場合
他者に自分を理解してもらいたいという欲求がある。

それは理解してもらうことで
自分が苦しんでいる状況が変わるのではないかと言う期待があるからだと思う。

でもそれが50年も経過して理解してもらったところで
こちらには何の利もなく
逆に
あのころの君の気持ち今なら良く分かるよと言われても
50年前の苦しみを追体験させられるようなものだったり
その苦しさを知っているだけに
相手の苦しみを解消してあげたいという
新たな苦悩の元となるだけだったりして。。。
(それは相手に対する優しさとか許しとか言う生ぬるい事ではなくて
かつて苦しみの中に居た子供だった自分を救ってあげたいという
過去の自分の浄化みたいなものだと思う。

当時の自分には解決できなかったことも
今の自分なら
それが出来るという
次元が違ったところに位置している自分を確認するみたいなものだと思う)

そういうこと一切を含めて
周りに理解してもらいたいという願望は無くなったし
理解されるはずがないという完全なるあきらめもできている。

自分を理解できるのは自分だけ。

自分が解っていればよいことだ!

子供のころ
それを知っていたらどんなに楽に生きられただろう?

今の自分が
当時の自分のもとに行ってあげられるなら
そのことを教えてあげたいと強く思う。


世の中の苦しんでいる多くの子供たちに

【自分のことは自分にしか解らない】

【誰かに理解してもらいたいという気持を持っていることは
軸が他人に置かれていることだから
他者に振り回されることにしかならない】

【自分が解っていてあげれば良い事だ】

【理解できるのは自分だけで
自分が解っていればよい事なのだから
解る自分がいつでも胸を張っていられるように
後悔を残すことが無いよう
精いっぱい自分が望むことへの努力を惜しまない生き方をしなさい】


ということを伝えてあげて欲しい。



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posted by Primrose at 08:09| 千葉 ☔| Comment(0) | 人間観察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月20日

スコップ研究

先日の大阪での大地震の
コンビニの床に落ちた大量の飲み物画像を見て
そっか〜、厚さのあるガラスとかだと重みがあるから
箒などで掃き集めるのは
時間がかかるなぁと思い
塵取りとかより
角スコップなどが有ったりすると
安全だし早いのかもなぁと思った。

災害時用として剣スコップは先日用意したけれど
角スコは買わなかった。

瓦礫の中で誰かが生き埋めになったりしていたときのこととか
必要となるものを掘り出す時のことだけを考えていたから
剣スコにしか思いが至らなかったんだけど
平らな床で片づける作業とか考えたら
角スコも有った方が良いのだろうなぁ。。。

先日以前使っていた剣スコと
それがだめになって新たにおろした災害時用に買っておいた剣スコとの違いがどこなのか
買い改めに行ったホームセンターで調べてみた。

買いに行く前
新たに下ろしたばかりのスコップの柄の根元の部分の塗装が
そこだけ剥がれ落ちていたのを見ていたので
テコを利かせた時に
その部分がしなって
金属に施された塗装り接着が悪くなったんだなと解り
テコが効かない理由の一つとして
柄のしなりがあると思っていた。

それだけなのかどうかをホームセンターで調べたら
土に刺さる部分の造りの角度が
以前使っていたのに比べて浅いと言う事と
全体が棒のように角度が立っているために
押し下げ距離を以前のスコップより必要となること
さらには
全体の重量にも微妙に軽量だったりすることから
竹の細根に対して働きかけが弱くなることなどが解った。

刃先の角度などは
卸したてのスコップの方が見た目には鋭く先はとがっているのだけど
それよりも柄の角度や
作業面の造作の角度
全体の重量などが
作業に与える影響が大きいのだと解った。

作業を考えると軽量の方が良いように思うのだけど
考えるのと実際の使い勝手とでは
違うと言う事だよね。

たかがスコップ

されどスコップ

今回のように災害に至って慌てることが無いように
非常用としてそろえておくものは
普段から使って確かめておくと言う事が必要だなと実感。

軍手より革手!と言うのは
普段革手を使った作業が多かったから
改めて調べるまでもなかったのだけど
普段そうそう使わないものだと
絶対それが有効かと言うのを検証しておくことが必要だ!

というより
普段使ったことが無いものは
たぶん非常用としては機能しないんじゃないかな?と言う気がする。

普段から使い倒している代物だと
使い勝手をいろいろ工夫して
いろんなことに代用させることが可能だったりもするだろうしね。

今の時代は
仏壇とかがある家には
ろうそく用としてマッチとかもあるだろうけど
昔と違って喫煙者が居ても
ライターなどで着火していたりするから
マッチとかってあまり家に置いていなかったりすると思うのだけど
災害時にはああいうものって結構便利なんじゃないかって思ったりしている。

百円ライターとかだと
着火が悪くなったり
中の燃料がすぐに無くなってしまったりして
度々使わざるを得なくなる災害時には
長持ちしないというのがネックになると思うんだよね。

オババは非常用として
マッチの小箱が12コセットになっている塊一個と
それとは別にオイルライター用のオイルを1瓶車に積んである。

それから
伝言用のホワイトボードとそれ用のマジックや
同じく伝言用の紙とか
それを雨から守るための透明なビニール袋、
それを貼り付ける時用の粘着テープと油性マジックなど
自分がどこかに避難・移動しても
周りが困らないためにという品物も
飲み水と合わせて車に積んでいる。




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posted by Primrose at 09:45| 千葉 ☔| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月19日

リンパの流れを良くするより静脈の流れだって



ふぅ〜ん。。。


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posted by Primrose at 09:28| 千葉 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

昨日はさんざんな日

昨日は朝からいろんなことが有った。

例の山の主の奥さんが
ちよっと見て欲しいから朝こちらに寄ってもらえないか?と言うから
犬たちの世話を急ぎで終わらせ伺ったが、
奥さんはご自分の都合が忙しいものだから
こちらを呼んでおきながら
呼ぶに至った内容が面倒くさくなったもよう。

だったら最初から呼ぶんじゃねえよ‼怒
って思ったけど
山の主から
留守中の山の管理を頼まれてしまったらしい状況に
無碍にもできず。。。なんか
よろしくないパターンにはまりつつあるような気がしているオババ。

ちょっと用心しましょう。。。って思い始めていたら
今朝、主の退院が決まったという連絡が入り
一安心。

その後昨日は日中に
私道を封鎖してあるにも関わらず
その封鎖をわざわざ潜り抜けて
例の痴呆老人の襲来が久々にあり。

県道からの突っ込みの赤道入り際に
例の老人の姿があるのを遠めに発見したオババは
老人がこちらに到達する前に
玄関を始めとする開口部という開口部のカギを全部かけて回り
様子をうかがっていたところ
封鎖をかいくぐってまでやってくる。

まったくやっかいなやつ。。。

やっぱり土日に奴は狙ったように来ているんだ!と確信した。

以前チーマを離されたのも二週立て続けに土曜だったし!!!


昨日はそれが有ったから
やっぱり早めにここを引き払うべきだなと思ったから
ずっとネットで引っ越し先を探していた。

で、夜に母の半泣き電話。

なんだかなぁ。。。

ほんと昨日はあんまり良い一日じゃなかったな〜。

ま、でも山の主の退院が決まったことだし
少しは停滞していた運も動き出すかな?

ちなみに
八街は賃料お安いのだけど
安い理由は
たぶんあの物凄い砂嵐。。。だよな。。。


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posted by Primrose at 19:04| 千葉 ☁| Comment(0) | アクシデント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする