2023年05月10日

リズと師匠に無性に会いたくなる

多くのトレーナーが
ただ目に見える行動の変化だけを
「成果」「目標」とし
そして犬はそのための道具となり
どんどんおもちゃ化していく世界。

犬はそういう生き物だという思い込みから脱せないのは
世の中の多くの人間の頭の中が形骸化しているからだ。

師匠はずっとその流れを見
それを食い止める術が無い事や
無力さを自ら知り
口をつぐんでしまうしかなかったんだなと
世間の流れを見ていて
かつて師匠がグレていた理由を実感する。

師匠はご自分の人生について
「潰しがきかない」と嘆いていた。

生まれた時から自分が触れていた世界が
時代の流れというか
人間の堕落によって
どんどんおかしな方向に壊れていくのを
観ている事しかできなかった苦しみは
どんなに大きかった事だろう。

他の生き方を閉じられ
其処で生きるしかできなくされていたのに
残されていたその世界が壊れていくのは
どんなに苦しかった事だろう。

それが今
とても良く解る。


私は師匠のようにそこでしか生きられないわけではないから
師匠の本当の苦しさを解っているわけではない。

それでも
形骸化していく世界は
もう救えないことだけは解るから
別の生きる場所を探しに行くよ。

人間が
ルールに縛られ
ルールに依存し
何故それを求めたのかの意味を見失って
本当の自分の頭 意識を使わなくなったこの世界とは別の
ちゃんと目の中に意識が秘められ
それが働いている人たちが存在している場所は
どこかにあると思うから。

だって
本当のことを知ってしまった以上
もう知らなかったときには戻れない。
無かったことにはできないもの。

そうでしょ?師匠。。。

だったら
探しに行くしかない。

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リズよ君は本当に素晴らしい子だったね。

https://youtube.com/shorts/2IVqCtkhWz4?feature=share

嚙む子は
口輪が付けられた自分というのは
攻撃力に欠けていることをうすうす感じていて
攻撃の興奮レベルが僅かに下がる。

こちらのトレーナーさんは
自分は攻撃しないとおっしゃっているけれど
自分の位置をずらしてかわしたり
前進して攻めたりという動きはあり
リードでのコントロールや
小さなショックは入っている。

でもリズは
口輪無しの相手に
ただ身動きしないという方法で
相手の興奮を鎮め
相手の恐怖心を解きほぐし
相手の子の信頼を得た。

相手の口が届くかどうかギリギリの位置に座っているというお仕事で。

それでも
相手の子に毛をむしり取られたことが有った。

それはリズが緊張を維持できずに
弛緩したところをやられたのだ。

弛緩してわずかに膨らんだ体によって
相手の口がリズの毛に届いてしまったのだ。

毛をむしり取られたその時も
リズは
コンクリートにアンカー打って固定された置物の犬のように
微動だにせず停座を崩さなかった。

眼だけはチラリとこちらを見上げて来たけれど、
それは自分が
緊張を抜かずに座っているという事を怠った結果
相手に毛を引き抜かれてしまった自分の怠惰を理解していて
仕事をサボった自分に飼い主はどう反応するかを気にしている目であって
毛をむしり取られたことによる恐怖から逃れたいとか
この仕事はもう嫌だから解放の許可を求めていると言った
そういう目ではなかった。

仕事は仕事として
完結するまで
それは中途半端は無いのだと
リズはちゃんと理解していた。

飼い主は自分の安全はちゃんと確保しており
さらに飼い主は頑固だと解っていて
いい加減な仕事は通用しないという諦めが有ったからだ。

毛をムシラレても
眼しか動かさないリズに
心の中では偉いなと感心しながらも
口では
「緊張逃がしたお前が悪い!
ちゃんとやれよ!」と言い放ち
脇に立ったまま続行を命じた。

此方が動揺したり
リズを解放したりすれば
それまで頑張ったリズの仕事ぶりを無にしてしまう。

それでは相手の犬にとっても
リズにとっても
良い結果にはならない。

可哀そうだと思うが
これだけ頑張っているのだから
頑張っただけの結果に持って行かなければ
ただの虐待だ。

相手の犬の飼主は
リズが危険だからもうやめてあげてと喚いたが
リズ自身は自分がそれを貫徹できることを解っていたし
むしろリズにとってその仕事は
動いて何かする作業に比べれば
容易い事でしかなかった。

ただそれは
喜びがある作業ではなく
自身が気を抜かずに停座の姿勢をキープするという
精神的な作業に過ぎなかったからだ。

そういうことは
普段から鍛えられていた。

だからこちらもリズにとってそれが難しい事でも
納得できない事でもないと解っていたのだ。

だから
「お前が悪い」なのだ。

普段から取り決められていることを
ただ場所を変えているだけの事。

普段から
犬がいい加減なところで解放されたくなるのを
それは駄目だと解放しない。

だからリズには作業に対する義務感が培われていた。

そしてそのリズによって
安楽死を免れた犬が沢山居た。

自分が我を放っていなければ
他の犬は攻撃しない。

リズはそのことを知っていたし
だから相手の興奮を鎮めるには
自分が我を引っ込める努力をした。

オババが
自分の犬を守るには
自分の犬から我欲を取り去ることが必要なのだと知ったのは
師匠から託された老犬シェパード
ニコールに教えられたのだ。

リズと師匠。

この二者が
本当にオババの人生を変えた二人だ。

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オゥシ―オーナーもボーダコオーナーも
Gシェパオーナーも
走る車や人に吠えかかる自分の犬を
運動で解放すればどうにかなるとか
おやつで釣ればどうにかなると思ってやまないが
犬と言う生き物は
目に見えた動きなどしていなくて
ただ座っているだけであっても我を放っていたりする。

それなのに
自分の犬が
何かの対象にバリバリ動いて。。。走り回ったり飛び跳ねたりして
攻撃するという
目に見える動きを示して攻撃していてさえ
自分の犬が放っている「我」を認識せず
普段の生活の中で抑える努力をしないのは
本当に目蔵としか言えない。

そういう「犬の我」に無頓着で居られるのは
飼い主である自分が放っている我が強くて
犬の我をはじき返しているからなんだと理解することが必要だ。

でもそんな話
飼い主に対ししてくれる人はなかなか居ない。

別にスピリチュアル的に何か見えるように成れなどという難しい話をしているわけではない。

自分の頭を冷静に保ち
自分の我を引っ込めて
相手の話をよく聞く
相手のことを観察する
物事の流れについて思考する

ただそれだけのことで
自分の我は抑えられてくるし
そうなると
犬が放っている我がいかほどかというのを
感じ取れるようになってくる。

走る車や人に吠えかかる。

目に見えるこれほど解り易い自分の犬の「我欲]でも
親ばかという過保護なフィルターによって
何も見えなくなっている。

本当に
この攻撃や興奮を鎮めたいと思うなら
運動で解放するとか
おやつやおもちゃで興奮させるという行為が
真逆な事をやっていることに気づくだろう。

犬と言う生き物は
気難しい相手の前ではキャッキャとはしゃいではいられない生き物。

犬の頭を冷静にしたいなら
飼い主が犬にとって
気難しい存在である必要がある。

動物愛護法で
親兄弟から離す時期を遅らせた理由の一つが
親犬による教育を利用するためではなかったか。

親犬が子犬を社会化するために行う教育とは。。。

https://www.youtube.com/watch?v=bWSNFPU78HM&t=1932s

決しておやつでご機嫌とったり
運動で解放したりすることではない。

愛護法の親兄弟一緒の期間を延ばすことが素晴らしいと皆さんお考えなはずなのに
(オババはこんな進め方は馬鹿げていると思っているけどね)
親犬がどの様に教育しているかからは何も学ぼうとせず
犬に好かれることばかりして
自分が良い人に成りたい。

そんな風に美味しいとこどりできるほど
犬は馬鹿ではないから
その結果が走る車や人への攻撃となって
目に見える解り易い形で
自分の我を放っているのに
それを目にしていてさえ
自分の犬がバリバリ我を出しているとは感じないのは
目に見える事しか見ない世界
目に見える事すら見ようとしない世界に生きているためだと思うな。




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posted by Primrose at 07:34| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 躾・訓練 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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