2025年03月01日

歪んでる

保護活動家や里親さんなどの考え方でよく聞くセリフに
不幸な子を救ったとか、幸せにしたとかっていう考え方やセリフが有るでしょ?

あれって
素直じゃないって言うか
歪んでるよなってオババは思う。

本当はその子たちを救っているんじゃなくて
自分たち人間の方が救われているわけだし
その子たちを幸せにしたんじゃなくて
自分たち人間の方が
幸せにしてもらっていることの方が多いんだけど
何故それを恩着せがましく?
わざわざ相手を惨めで不幸な対象に仕立て上げるんだろうなって違和感を感じる。

対象と成る子の最初の状態が
悲惨であればあるほど
その子の状態が改善していく過程は
関わっている者たちの喜びだったり
自分たちの持てる力や裁量といった実力を認めることが出来
自己の存在意義を再認識させてもらって嬉しいってことでしかない。

なのにそういう風に
その対象によって自画自賛出来たり
自己存在意義を見いだせたりしていることを
素直にそうと言ってしまえばよいと思うのに
そういう事でしか自分の存在を肯定できない
自分たちの自己肯定感の低さを隠ぺいするかのように
不幸なあの子が幸せになったとか
あの子を救ったとか言って
その対象を貶めちゃう。

そういう恩着せがましさとか
傲慢な感覚
歪んだ思考が好きじゃないのよね。

その子が自分のところにやって来たことで
どれだけ自分がその子から幸せをいただいているかの方が
ずっと大きいはずなのに。

そうでないというなら
その人たちは大して犬が好きではないのだと思うわ。

大して好きでもない人が犬と関わるなら
関わられた犬が可哀想だと思うんだよね。

愛情を注ぐ対象を得られたことの幸せについて
もっと正直に感謝出来る素直さと
自分が何かに依存することなく
自分自身を肯定できるようになる謙虚さと自信を持てれば
犬との関係はもっと良くなるのに。。。

みんな見栄張って自分を強く見せたかったりする。


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posted by Primrose at 00:39| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 保護活動・愛護法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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