今の住まいにとどまれるのは来年いっぱい。
なので次なる住まいを探しているオババ。
でもオババの中では
どうせ越すなら
犬たちと思いっきりやりたいことができる場所がいいよなって思っていて
今の住まいが
襲撃してくる痴ほう老人を避けるために
雨戸を開けられないとかっていう現在の状況
(あちらはいつもこちらを見張っているようなストーカー状態なので
雨戸が空いているのを見るとすかさずやってくる)が
家賃を払っているのは自分なのに
まるで自分の生活が出来ていないという窮屈感がいつもあることが
理不尽だと思っていた。
オババはもともと光と風が入る家というのが望みで
それは普通の方たちより強い願望なので
大網の家を建てたときは
大工さんが
こんなに明るくて風通しの良い心地よく感じる家を建てたのは初めてだといって
観に来る方たちに建て終わるまでずっとおっしゃっていたというのを
後で周りの住民から知らされたくらい
光と風が入ることを考えて設計していたほどだった。
だから今の光も風も入れられない住まいは
自分がいる場所ではないと思っていて
これが自分の持ち物なら
屋敷周りに囲いを設けることもできて
侵入を防げるのにと
思ったりしている。
そんなことから
今オババは
誰も来ないような山の中の一軒家を探しているところ。
草取りとか
虫とか
野生動物とか
そんなものは全く気にならないが
とにかく光と風が入る?入れられる?家に暮らしたいと思って探しているのだが
頭の半分は
後進国に移動した方が
先進国の馬鹿みたいな愛護精神に振り回されなくていいかもなぁと思ったりもしている。
自分では
光と風が入らない家は嫌だから
(当時から光や風が入らない家には住めないと思っていたくらい嫌だった)と
住宅営業をやっていた時に感じたから
自分が家を建てたときには
自分が建築確認申請につかう図面を自分で書き
費用が許せる範囲での自分の希望を盛り込んだ家にした。
でもその時は
まだ全然精神世界には興味が無く
なぜ光と風が入る家にしたかったのかについては
ただそういう家でないと嫌だから!でしかなかったオババ。
今、痴ほう老人の襲撃を避けるのに
大半の雨戸を閉め切ったまま過ごしていることで
自分がこの光も風も入れられない家に過ごしていることが
自分の体調にまで影響していることを
強く感じるようになり
光や風が好きだったからではなく
自分にはそれが必要だったからだと解るようになった。
そういう意味では
痴呆の御夫婦は
コントラストによって解るよう
嫌われ役を買って出てくれていた人たちなのだろうなと思ったりする。

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