逆算するとさくらが亡くなったのは
もう15年半くらい前なんだなって
昨晩さくらの画像をアップして思った。
アスタが胃捻転で亡くなったのが15歳8ヶ月(推定)。
超小型犬とかではないから
そんなに永いわけではないけれど
一度縁が出来れば
15年は続くものだから
やっぱり犬とかネコとか
身近に存在し
意思を伝えてくる生き物たちは
「動物」というくくりでは片付けられないものがあるよね。
特にさくらのように
自分のふがいなさが原因で
ふがいない自覚も無かった自分が飼い主だったために寿命を全うさせて上げられなかった子には
本当に申し訳ないと思う。
なかなか理想の自分にはなれないのだけれど
出来るだけそれに近付けるようにとは思って過ごしている。
さくらから見て今の自分は
どう見えているだろうか?
さくらの写真を引越し荷物の中から引っ張り出していたときに
7つの子が一ヶ月くらいのときの写真が出てきて
今は何をやっても心が浮上してこないオババなのに
7つの子たちの写真を見たときは
無条件に気持ちが浮上した。
やっぱりあの子たちは
オババの救世主なんだと思ったよ。
でも、それはそれ、
今朝の彼らの世話時間には
お爺ちゃんの49日の法要にいらっしゃった大家さんに
興奮状態の犬たちへ向けて
真面目にやれよっ!と檄飛ばすオババだったのだ!苦笑
そうなの、大家さんってものすごぉくテンション高高なお方なので
チーマとかジョシュとか
気のちっさい連中がヒートアップしてしまい
それに影響してツェッペリンとかもドドドッと走り回ってしまいましたの。。。
チーマちゃんお尻の目が無くなっていたから
つけなおしてあげました。笑
それ観て七つの子組み
さすがに襟正してましたよ。
大家さん法事なのに
そんなにテンション高くていいのか?と思ったけど
考えるといつもよりは
チーマやジョシュの反応が緩かった気がするから
あれでも普段よりはテンション低めだったんだわ。
面白いなぁって思うのは
7つの子の一ヶ月頃の写真なんだけど、
たった一ヶ月の仔犬なのに
大きくなってからの性質みたいなのが
ちゃんとそこに映し出されていて
面影という見た目の問題ではない
オーラ?みたいなのが変わっていないって言うところ。
持って生まれたものってのは
そのまんまなんだなぁって。。。
そういうところを感じたから
ああ、7つの子可愛い!って
心が浮上したのかしら?
ただ残念なのは
一ヶ月の写真に映し出されている内容が
大きくなって、ああ、この子はこういう子と解って
写っている物がそのまんまだと解るものの
撮影時点ではどんなことが映し出されているのか
判別できないこと。
そこが解れば
もっと、早くに
もっとお互いが
歩み寄れるのにねぇ。。。
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posted by Primrose at 11:56| 千葉 ☁|
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